母の日

こんにちは、月曜日です!

テニスで日焼けして腕の皮が剥けてきています、鈴木です!

うっかり日焼け止めを塗り忘れてしまいました...

数日見苦しい腕をお見せしますが、ご了承くださいweep

さて、昨日は母の日でしたね。

皆さんはどんなプレゼントを渡したのでしょうか?

ちなみに鈴木はまだ何もしておりませんbomb

学生時代はなかなか家に帰れなかったので郵送していたのですが、今年は実家に帰るついでに直接渡してみようかと計画しています。

...想像しただけで恥ずかしいですねshock

そんな恥ずかしさを隠す為に母の日について調べてみました。

『母の日(ははのひ)は、日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日。日本やアメリカでは5月の第2日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々であり日付も異なる。』

国によって日付が異なるのは知りませんでした。

『日本では、19313年(昭和6年)に、大日本連合婦人会を結成したのを機に、皇后(香淳皇后)の誕生日である3月6日(地久節)を「母の日」としたが、1937年(昭和12年)5月8日に、第1回「森永母の日大会」(森永母を讃へる会主催、母の日中央委員会協賛)が豊島園で開催された後、1949年(昭和24年)ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われるようになった。母の日にはカーネーションなどを贈るのが一般的。』

それじゃあアメリカはどうな感じなんでしょ?

『アメリカでは南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」(Mother's Day Proclamation)を発した。ハウの「母の日」は、南北戦争中にウェストバージニア州で、「母の仕事の日」(Mother's Work Days)と称して、敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させたアン・ジャービスの活動にヒントを得たものだが、結局普及することはなかった。ジャービスの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナは、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた協会で記念会をもち、白いカーネーションを贈った。これが日本やアメリカでの母の日の起源とされる。』

ちなみに亡き母に送るカーネーションを白にする理由もここから来ているようですね。

まだ母の日に何もしていない皆さん、鈴木と一緒に遅くなった母の日のプレゼントを贈りましょう。

それでは今週はこのへんでpaper